実に不思議な物語である。短編2つが納められていがいずれも、難解だが読後にふしぎと晴々した気持ちになれる。
『ピンクバス』は、妊娠と不振な行動をとる夫の姉と名乗る女性との同居が突然同時にやってきて、神経過敏になっていく主人公を描く。
自分が演じてきた過去を詳細に思い出しては惨めさ自覚する作業は誰でもする歯がゆい体験だが、主人公が学生時代にしたホームレス体験は強烈。不信感から生まれる夫や義姉に対してのやりとりも、言葉の絶妙なチョイスでコントのように滑稽でおもしろい。
いつも居心地がわるくていろいろ試してみたけど、結局は現実の自分に帰結してしまうんだということを受け入れることで心の重荷下ろせるんだなと感じさせる。ただ、そのことに気づかないでピンクのバスに乗ってしまうと、いつまでも自分探しの旅から抜け出せないような気がした。
『昨日はたくさん夢を見た』は、人のありかたを著者なりに上手く表現した傑作。
いつも、たくさんの仲間に囲まれながら次々に遊びを変えながら夢中になろうとするが、歯に挟まった魚の骨のようにいつも心に居心地のわるさを覚える主人公。自分という存在が何か、これまで見送ってきた死者たちと対比させるが、不安と焦燥感の入り混じった気持ちでいっぱいになってしまう。
一方主人公の恋人は、臨死体験のようなものを経てアイデンティティーの確認と時間のない世界を求めて唐突にインドへ旅立ってしまう。
残された主人公は、何もできない自分にさらに苛立ちを募らせ、いよいよ焦燥感が爆発してしまう。恋人の残した言葉と手紙を反芻しながら自分と人との係わり合いを丹念に確認していくが、恋人がいた席にまったく知らない人が簡単に座ってしまう事に死者のそれとを重ね合わせ、人の存在のちっぽけさと人生の儚さを痛感する。
わかりあえていたと思ってた人と実は何もわかちあえてないんじゃないかという疑問は、いつも付きまとうがきっちりと最後には主人公は「分かちあう」ことで、恋人の片鱗を見つけたのではないかと思う。
ページ数も多くなく、短編作なのですんなり読み終えることができる。
角田光代の持つ独特な世界観から産みだされる物語には、沈鬱な内容で進んでいてもも最後の数行で「大丈夫だから安心して」とささやくように諭される気がして、癒されるのでふしぎである。 |