ヒロシマの語り部・服部さんは蕨市在住、広島に原爆が落ちた昭和二十年八月六日、爆心地で看護に当たった経験を持つ。
今もかくしゃくとし、看護学生だったご自身の体験を中高校や幼稚園で語り続け、被爆者団体「しらさぎ会」で先頭に立って反核を世に訴え続けているが、この夏、その生涯を綴った自分史を刊行した。
明るく性根のすわった人柄の秘密は、元を辿れば「忍者ハットリくん」。
そんな背景にも触れられていて、面白い。
服部半蔵から数えて十四代目、父は軍関係、祖父は裁判官という広尾病院で生まれた服部さんは、 今の人には「もっと勉強して」。「放射能は消えない」と、身をもって知る戦中・戦後の経験から今を生きる私達へのあついメッセージが浮かび上がってくる。 |