東武鉄道熊谷線は、軍事物資輸送のため熊谷〜東武小泉線と接続が計画され東武日光線の複線線路の一部を移設して1943(昭和18)年12月5日熊谷〜妻沼間10.1キロが蒸気機関車で開業し、その後終戦を迎えたため妻沼から西小泉の接続は橋脚を残したまま廃止となり、利根川を渡ることはありませんでした。
1954(昭和29)年ディーゼルカー3両が製造され、1983(昭和58)年5月31日まで、約40年間にわたり営業運転を行ない、多くの人々から惜しまれながら姿を消しました。東武鉄道の中で最も開業が遅く、最後まで非電化で気動車が走っていた唯一の路線でした。国鉄(現JR)高崎線、秩父鉄道には連絡していましたが東武鉄道のいずれの線とも接続することなく廃線となりました。
今年、熊谷線廃止から30周年を迎えるにあたり活躍した蒸気機関車や気動車などの写真を中心に紹介します。 |